西郷国際特許事務所 SAIGOH PATENT OFFICE
「中小企業の知的財産戦略かくあるべし」 「陽の当たる場所作りに後れをとるな」
夜道でサイフを落とした与太郎が、近くの街灯の下を探している。 連れのクマ公が尋ねた「いま探しているそのあたりに落としたのか」と。
与太郎答えて曰く、「いや違うが他は暗くて探せないから」・・と笑わせる
小話がある。しかし、この小話を手放しでは笑えまい。
この与太郎方式の探し方はかなり論理的だからだ。つまり、そこを探す
には訳がある。すぐに見つかりそうな場所はそこしかないからだ。
他人に先に拾われたらコトである。
この解決法は、使えるものを真っ先に使え、時間を無駄にするなと教え、 この種の発想法としては意外にも極めて優秀な部類にランクされよう。
この教訓のいう「いまこの目の前にあるものを先ず活用する」姿勢、
換言すれば、そのときの「流れを利用する」姿勢は、人生哲学の奥義とも
言える。
そこで、流れを探し中小企業の行くべき道を探ると、目前の大潮流 として政府が立ち上げた知財戦略会議が見える。
坂道を転げ落ちつつある日本、その起死回生の手だてとして、政府は
「知的財産立国」を宣言し、日本を超一流の知財国家にするつもりだ。
つまり、日本経済の国際競争力を回復させるには、知的財産により 国富を創造する以外にない。広範な分野で知的財産を創出、保護、活用
する構造と、人的基盤の充実を、国家の強い意志で確立することが急務
であるとしている。
その戦略は、「知的財産基本法」を制定し、4つの具体的行動を 実行に移す。つまり、@知財の創造。知財創出の後押しの為、創造性を
育む教育の充実を図る。A知財の保護。権利付与の迅速化、特許裁判所、
新分野の知財の保護を図る。B知財の活用。技術移転の促進、
知財の評価と担保活用を図る。またC専門人材の養成、国民の知財意識
の向上により人的基盤の充実を図る。
要するに知財の質、量を増加させ国家間の勝敗を決せんとするのである。 企業も国と全く同じ立場にある。企業それ自体がミニ国家なのだから、
企業も国同様に「知財立国」の宣言と行動が緊急に必要となって来ている。
そこで、各企業は、それぞれの専門分野で特異な発明を持つことで 競争力をアップさせる必要がある。これらの発明は企業の業種に左右されない。
製造業はもとより、販売業、サービス業でも、物の特許、方法の特許
だけでなく、ビジネス方法特許などあらゆる種類の特許獲得が可能である。
更には、政府もこの戦略で言うように、新分野での多くの変わりダネ特許も
権利化できる様になるであろう。
企業側の具体策として、国と同様に4方策で戦術を構築するが、 中小企業では、特に人的基盤と知財創造が大切である。
先ず、人的基盤の確立であるが、これには、特にトップである社長自らが 知財の指揮官として当たる必要がある。
次に知財の創造であるが、これには、「目の前の物活用」の典型 とも言える「焼き直し法」が効を奏する。つまり、古くから存在する先人の
成功したアイデアを焼き直して自社の個性ある発明に発展させ結晶させる
のである。腕の見せ所でもある。が、このやり方は一見、姑息なやり方に見える。
しかし、何も遠慮することはない。おかしいことはない。
全く新しい考えなどこの世には無いのである。ほとんどが、寄せ集めであり
焼き直しにすぎない。正に、発明とは発見なのである。
次に、知財の保護としての管理であるが、中小企業では特許事務所を 自社の特許部として活用するのがよいだろう。餅はモチ屋に任すことが得策
と考える。
更には知財の活用であるが、商売が「当たる」のではなく、積極的に 「当てる」ために戦術を練る必要がある。
貴社も早々と「知財立国」を宣言し、手間賃仕事のモノ作りや 誰でもできるコトに訣別し、「自社でしか作れないモノ」、「自社でしか
手がけられないコト」の独占確保に邁進すべきと考える。
陽の当たる場所作りに後れをとるな、とのエールを贈りたい。
ご健闘を期待している。 以上
(本稿は、小生が東京商工会議所の機関紙「東商新聞」の「発言」に2002年に
掲載したものです)
欧米の企業家に比べ、日本の企業家は知的財産に対する認識が極めて低いと言わ
れる。知的財産は企業の重要な資産であり、かつ強力な武器なのだから、この活用に 目覚めなければ世界中の競業他社に水をあけられてしまうことになる。つまりプロパテ ントへの目覚めが必要なのである。 このプロパテントという言葉が今いろいろな所で言われているが、この場合の「プロ」 は、アマ・プロのプロではなく、アンチ(逆、後進)に対するプロ(正、前進)であり、プロパ テントは「特許重視」、「知的財産重視」と訳されている。 今、世の中はまさにプロパテント、特許重視の時代である。 さてこの「特許」制度であるが、これは、有用な新しい技術的考えを公開してくれた人 に、その公開の代償として、一定期間の独占権を与え、新規技術の開発と公開を促し て、共に豊かに生きようとする趣旨である。 そこで、この制度の中心である特許つまり知的財産権とは何か? まず、人間の能力は極めて有用な資源であり、天然資源のない日本の最後のよりどこ ろである。しかも、極めて価値ある資源である。 この人の能力の所産である知的財産権は2大別される。工業所有権と著作権とにであ る。この知的財産権は、知的所有権、無体財産権ともいわれる。そして更に、この工業 所有権は4つに別けられる。つまり、特許、実用新案、意匠、そして商標である。 まず、特許であるが、特許は工業所有権の顔とも言うべきもので、この工業所有権制 度自体を、「特許」制度と呼ぶことも多い。この特許権は、新規な技術の発明に与えら れ、その独占排他権の権利期間は最長で20年間もある。 実用新案権は、物品の形状、構造又は組合せに関する考案を保護する。しかし、この 実用新案は特許との区別が明瞭でなく、この制度自体の存在価値も低く、この実用新案 制度を採用していない国も多い。 意匠権は、新規で美的な製品のデザインに与えられる権利である。権利になると、特 許同様に強力な保護がなされる。 最後に、商標は、企業のハウスマークや、商品の名称などに与えられる。企業や商品 の信用を表示する重要なものである。 なお、これら工業所有権と対になる著作権は、著作物、つまり文芸、学術に関する著 述,音楽・絵画・彫刻・建築・写真などの作品を保護する制度の権利である。しかし、そ の権利は、特許権などに比べ極めて弱く、企業の戦略的武器としては利用できないと考 える。 さて、それではなぜプロパテント(知財重視)でなければならないか。これについては、 次回にお話しする。 以上 日本生まれのブランドを付けた日本製のバッグが、いまパリで有名だという。このバッ
グをブランド好きの日本の仕入れ業者が逆輸入している。この現象は何か。なぜ、日本 で最初に評価されないのだろうか。 思うに、オリジナルのものを評価、尊重する発想が育っていないからである。戦後の日 本が、真似社会で始まり、いまだコピー文化の感覚が残っているからだろう。 知的財産権の分野も中を開けてみると、基本特許はなく、改良特許だけであり、その ため日本は知財後進国だと言われる。それが今の日本の冷え切った経済状態を招い た。改良発明は基本特許を必然的に使うため基本特許無しには実施できない。しかし、 先進国はもう基本特許を売ってはくれない。 それではと特許を使わない単なる製造業に目を向けると、そのような仕事は中国を初 めとするアジアの国に取って代わられている。 今の日本は、欧米先進国とアジア製造業国との谷間に埋没している。中途半端なやり 方があだになってしまった。どっちつかずが、まずい結果を生んだ。 これではいかんと、プロパテント(特許重視)で、基本特許を開発し、独自路線を行こう と努力を始めた。これがプロパテントを採用しなければならなかった理由である。つま り、コピー型産業からオリジナル型産業への転換を図ろうという訳である。 このような、日本の生きる方向を決めるきっかけ、つまり知財重視となるきっかけは、 80年代の円高と、アメリカ企業の日本企業との特許紛争の増大にあった。 ずいぶん打つ手が遅かった感があるが、やむを得ない、熱くがんばろう。 この改良特許戦略から基本特許戦略への移行を縦の深さの動きとすると、横の広が りの動きもある。新しい知的財産権の出現である。 全ての産業界がプロパテントに目を向けることになり、産業界が静かに動き出した。そ の結果、新しいビジネスの対象が生まれ新しいビジネスのやり方が創出され、それらの 保護を望むことになった。それらが今、新しい知的財産として認知されつつある。 新しい知財としては、バイオテクノロジー(生物関係技術)、CPソフトウェアを中心に、 これまで特許の世界とは無縁であった金融、流通分野にもビジネスモデル特許(ビジネ スメソッド特許)が認められている。 データベースへの特許付与はなお議論を続けているが、この先、予想もつかない様々 な分野での特許が実現するはずである。 なお、ビジネスモデル特許とは、IT(情報技術)を活用した電子商取引などビジネスの 新しい手法に与えられる特許である。「金の儲け方」の特許が取れる、と騒がれたビジネ スモデル特許は、創業が一人ででき、しかも簡単、という特徴があり、今後かなりの広が りが予想される。 こう見てくるとつまり、創意工夫だけが企業の道を開くのである。まさに、飛ぶ鳥を落と す勢いのドトールコーヒーの鳥羽社長の「働き一両、考え五両」の世界が未来を開くので ある。 以上 「相乗効果を持つ強大な特許権群に」
東京の下町の小さな絞り加工業者が、ロケットのヘッド部分を特殊技術の手作業で完
成させ、日本だけでなく世界のロケット産業を後押ししている。また、ミニ計測器の中小 企業メーカーが、バイオ技術に必要なタンパク質の分析計器をいともたやすく作り、この 分野の発展に貢献している。 じつは、各中小企業は独自の高度なコアとなる技術を持っている。しかし、残念なこと
にその特異な技術の価値に気づいていない。他の分野への応用の可能性にも気づいて いない。 誠にもったいないことである。なにか外部からの刺激や助力でなんとかならないか。そ
んな思いでいたときに、中小企業が寄り集まって、互いのそのコアとなる技術を出し合い 結集して、大企業にもできないことを成し遂げる例が出てきた。技術のグループ内での 公開と利用であり、特許的にいえば、パテント・プールである。 これら専門技術が特許化され、結集するときは、あたかも個別の絵画を連結し一大絵
巻物とした圧巻さが生じ、万一、技術の欠落部分があっても、それを補充することは容 易で、相乗効果を持った強大な特許権群となるであろう。相乗効果とは、リヤカーに鉄 砲を積んだら、ジープの発想は出ないか。更に盾を積んだら、戦車にならないか、という ことである。 さて、特許権は独占排他権で極めて強大な威力を持っている。そのため、万一競合他
社に獲得されれば脅威となる。ましてや、特許権群である。このような特許権群を持つに はどうするか、逆に、競合他社に絶対に持たせない方法はないか。特許権の活用方法 が問題となる。 まず、先手必勝で特許をとることである。これが一番である。でなければ、買うこともで
きる。特許権は自由に売買できる(特許権の自由譲渡性)からだ。 ところがどっこい、特許権はお金では買えない。売ってくれない。自分でやればもっと
儲かるからである。だが、道がある。自分の持っている特許権で買うのである。つまり、 クロスライセンス、特許と特許の物々交換である。この交換は、一対一とは限らない。1 つの発明が複数の優れた技術を開発したに等しい効果を持つことが往々にしてあるか らだ。一騎当千発明である。 また、他人の特許を借りることも出来る。その特許の実施は自分だけが出来るのか
(専用実施権)、あるいは他人も同時に使えるのか(通常実施権)の2通りある。 更には、競合する相手企業を追い落とすために、積極的に攻撃を加える場合もある。
これも大きく2つに分けられる。@特許権の得失に関わる場合と、A特許権どころか企
業の生死に関わる場合とである。 @は、相手特許の成立を阻む情報提供、異議申立、そして無効審判などがある。
Aの場合とは、特許権侵害事件などである。中小企業の場合、主力製品が知的財産
権侵害事件に巻き込まれれば致命傷となり、かなりの確率で経営が立ち行かなくなる。 特許権の有する強大な力を強く思い知るときである。 以上 ある日突然、「来月から仕事を頼めなくなったので・・・」、と親会社から言われた下請
け会社が、現実にあった。親会社が中国に行ってしまうという。 さあ、どうしよう。そこで、社長は考えた。「そうだ、中国に行こう。中国にとられた仕事
は、中国で取り返そう」と。 中国をはじめ、アジア各地に展開する会社が激増している。勝手の分からない所に行
きたくもないが、やむを得ない。すぐ隣のアジア全土が平和時の戦争であるビジネスの 場になってきている。そこで、アジア各国の国情を知ることが必要になってきている。 特許制度、つまり知財制度も国情を反映して内容が異なり、また、国際的な動きの波に
大きく影響を受ける。そこで国際的な知財制度の動きも知る必要がある。 現在までの、知財制度に関する国際的潮流を示すと、まずなんと言っても、パリ条約
である。1883年に締結され、内外人平等の原則など、現在の知財制度の根幹を定め た極めて有名な条約である。 この条約の100年後、つまり1983年に日米欧の三極会合が持たれ、特許データベ
ースの交換などが約束された。 更に、1995年には、TRIPs協定が成立し、知財権に関する最低限のルールを、途
上国も遵守することが義務づけられた。この協定に定められた水準をめざし、アジア各 国では目下、知財制度の整備が進んでいる。 そしてまた、世界は、知財権をめぐり、その動きが地域ごとに活発化している。
まず米国だが、順調な科学技術の向上をテコに、知財制度においても強引で、自国制
度を、実質的な世界標準にしようとしている。 次に欧州であるが、統一通貨ユーロを軸に、知的財産制度の統一を目指している。
また日本も、経済協力会議、特許審査官の交流・研修などを通じ、アジア太平洋圏の
国々と知財関係を強力に構築しつつある。例えば、アジア太平洋経済協力会議(APE C)で日本政府が提案している、域内での知的財産権保護対策強化の一環として、東京 に「知的財産権センター」を設置することにした。このセンターは、アジア各国における意 匠権や商標権などの知的財産権の侵害に対する情報収集、相談そして助言業務を展 開する。 このような世界の知財潮流をうけ中国も動いた。
中国メーカーが日本の二輪車のニセモノを大々的に製造していた。ヤマハ発動機は、登
録商標「ヤマハ」の不正使用差止や損害賠償請求を中国の裁判所に提訴した。そして 最近、結果が出た。商標権侵害を巡る訴訟での賠償額としては日本メーカーとして過去 最高の1350万円の判決を得た。 これは、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟したので、知財権の侵害に厳しくなった
からである。 さて、そこで冒頭で述べた下請会社であるが、気になるところである。現地を訪れてみ
た。業容はすこぶる順調であった。社長の色つやの良さが何よりもそれを物語ってい た。別れぎわ、社長が「特許制度バンザイ!」とつぶやいたように私には聞こえた。 以上
「力は正義である」と良く言われます。これは,英語のMIGHT IS RIGHT ! の語呂 の良さを単に訳したもので,ぶっそうな響きを持っています。核開発で,インドの挑発に 乗らざるを得なかったパキスタン,そしてその両者の言い分を表しているようです。 核実験が核兵器の開発につながる,いわば後ろ向きの競争であるとすると,特許の 競争は,真正面の前向きの競争と言えるでしょう。人類の幸福追求に大いに役立ってい るからです。しかし、ここでも「力は正義である」の公式は生きています。ですが、ここで の力は,技術開発力ですし,その成果の特許です。 この特許世界での競争は熾烈です、この競争に負ければ,この生存競争の舞台か らさえ撤退せざるを得なくなるのです。特許は独占禁止法の数少ない例外で,その技術 の独占排他的な実施を保障するものです。そして,この独占的な実施は,金を生みま す。 「金は魔法の杖」といわれます。金は何でも実現してくれる。金さえあれば・・・、のこ の浮世です。しかし,金でも買えないものがあるのです。「それは愛情?」。違います。愛 情は金で買えます。しかし,特許は金では買えないのです。 ためしに、日夜、激しい競争をしている相手企業に、「貴社の特許を使わせてくださ い」と頼んでみてください。「金はいくらでも払いますから」と。しかし,相手は「もちろんダ メです」と即座に答えるはずです。「金なんかこの特許を使えばいくらでも儲けられるんで す。とんでもないことを言わんで下さい」と。 特許は金では買えないのです。特許を買うには,自分の持っている特許をその対価 にするしかないのです。「特許でしか特許は買えない」のです。相手特許の侵害の賠償 額の圧縮にも特許は有効です。つまり,保有の特許権を提供するしか,相手の心に入り 込むことは出来ないのです。 このような特許権の強大さに今や人々は気づき始めました。いま流行の言葉,「プロ パテント(重視特許制度)」で,国をあげてのスローガンです。これはしかし、アメリカでは 10年も前に始まっています。 このプロパテントを受けて,日本では今年,特許法(広くは知的財産権法)の改正がな されました。欧米なみに特許制度を改正しよう、と。 その内容は,@、特許を侵害したものには最高1億5千万円(現行5百万円)の罰金を 課す、A、製品の一部にも意匠権を導入する、B、特許料を平均11.5%引き下げる等 の改正をしました。平成11年1月1日から施行の予定です。 しかし,今回、実現しなかったものもあります。@、3倍賠償制度(実際の損害額の3 倍までの高い賠償金を取れる)。A、侵害罪の懲役期間を現在の5年から10年まで延 長する。B、侵害の立証責任は被告にも有る、等で,いずれも特許権者を強く保護する 内容です。今回は,これらの改正は残念ながら実現しませんでした。 しかし、いずれにしても,強い者と強い者同士が互いの特許を出し合い,強者だけの グループを作る,新しい「力は正義である」の時代は始まりました。 ここでは「金よりも頼りになるもの,それは特許」の図式が出来ています。 ところで,特許に関心を持っている人のその切っ掛けは,2色に分かれます。ひとつ は,天国を見た人,もうひとつは地獄を見た人にです。天国とは,言うまでもなく特許で いい思いをしたこと,地獄とは大やけど(特許侵害など)をして後始末で苦労をしたことで す。 特許制度を十分に活用して,強者グループの一員となり,いい思いをしつつ,企業を ますます発展されますようご健闘ください。 以上 (本稿は、小生が東京商工会議所の機関紙「東商新聞」の「発言」に1998年掲載したも
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